警察署4階。そこには警察官が事務作業をする比較的大きめのオフィスと、取調室が複数ありました。
やばいドラマで見た感じと一緒だ。昭和の刑事ドラマと一緒だ。
ここがあぶない刑事の撮影現場だと言われても全く不思議だと思わない。
ジャバジャバという音が聞こえるが、横の流しで警察官がプロテインの容器を洗っている。なんという生活感。
重要書類が置いてありそうなオフィスを通り抜けた先には、複数の取調室があり、そのうちのひとつに案内されました。
ここもドラマでよく見た内装と一緒です。
窓1つないコンクリートで囲われた6畳程の小さな部屋にテーブルが2つ。
1つは刑事と被害者もしくは加害者が向かい合って話をするためのもの。もう1つは刑事が1人で座るためのもの。通常刑事が二人で取調をするためにこのような構造になっているのでしょうか。
私は奥の席に案内されました。手持無沙汰でキョロキョロとしておりましたが、その間にも女性の刑事はパソコンとプリンターを取り出して起動しています。
パソコンには「××市刑事課●●●用」というラベルシールが貼ってあります。格好いい。シン・ゴジラの巨大不明生物特設災害対策本部みたいだ。
取調を始める前に、男性の刑事から注意事項がありました。
「被害届を出すに辺り私も同席しますが、話し辛いと感じたらお伝えください。すぐに退出します」
「わかりました」
わかりましたも何もあまり覚えていないのですが、ここは神妙な顔をして頷きます。
警察署に来てから30分も経っていませんが、既に非日常はたっぷり味わったのでもう帰りたいくらいです。
「まずは身分証を見せてください」
「はい」
「有難うございます。確認できました。次に店の予約履歴を見せてください」
「アプリで予約したのですが、随分前なので履歴が確認できるかどうか……あ、できました。ここです」
「有難うございます。確認できました。ではこの予約サイトを指さしてください」
「こうでしょうか。」
「はい。このまま写真を撮ります」
(おお……)
スマホの予約画面と指の写真を撮られました。
こうやって証拠書類を集めるのですね。
「有難うございます。続いての質問ですが、犯人の顔を覚えていますか?」
「いや、随分前のことなので……あまり特徴のある顔ではなかったと思います」
「承知しました。ではこちらをご覧ください」
刑事は鞄から書類を取り出し、私の目の前に置きました。
それは6枚ほどあるコピー用紙で、ホチキスで綴じられています。
ページをめくると男性の顔写真が1ページにつき8名ほど載っています。
「これは顔写真集です。この中に犯人の顔が含まれているかもしれないし、含まれていないかもしれません。心当たりのある顔の人がいれば教えてください」
(なにこれテンションあがる。めちゃくちゃ事情聴取っぽい)
心の高鳴りが顔に出るのを必死に抑えているせいで頬が震えていますが、できるだけ平静を保ってページをめくります。
そこには知らない男性の顔がたくさん並んでいます。犯人の特徴をほとんど覚えていないので、どれだけ写真をみてもピンとは来ません。
あてずっぽうに「この人かもしれません」というのも捜査をかく乱しそうで怖いです。
そんなわけで、私は苦肉の策に出ました。
「覚えてないので消去法でいきます」
「どうぞ」
「この人ではないですね。この人と……この人も違います。この人も違うと思います」
「はい、はい」と頷くだけの女性刑事。後の机に座っている男性の刑事は手持ち無沙汰のためか引き出しを開けたり締めたりしていました。出張先の取調室が珍しいみたいです。
「これ以上はわかりません」と伝えたところで終了です。女性刑事は無表情に3枚目のページをめくり、ある男性を指さしました。
「犯人はこの男です」
やっぱり顔写真の中に犯人がいたのか。そして教えてもらってもピンと来ない。
けれど消去法で除外した顔写真の中の一つではありませんでした。
偶然なのかもしれませんが、あながち記憶違いはないのかもしれません。
事情聴取の顔写真照合ってこんな感じなんだな。
そして今見た数々の写真は何かしらの犯罪者なのか。
思考を整理する間もなく次の質問に移ります。
「それでは当時の状況の一部始終をお伝えください。覚えている範囲で結構です」
「どこから話せばいいでしょうか?」
「当日の朝からお願いします」
「当日の朝……天気もですか?」
「当日の天気を覚えていますか?」
「いえ」
「なら大丈夫です」
ちくしょう。これが仕事なら「事情聴取が初めてで、一部始終のスケール感がわからず……勉強不足で申し訳ありません」と営業トークでかわせるのに。なんか変な空気になってしまった。
あと当然といえば当然なんですが、刑事は出会ってから一度も笑顔を見せません。
被害にあわれた方の気持ちを考えればかくあるべしといった感じですが、今二人の目の前にいるのは心に傷一つないピカピカの被害者です。
笑顔というコミュニケーションの潤滑油がないと空気がヒリつきます。おかげでさっきからなんか私が怒られてるみたいです。
最初は冷静に当時の状況を話していたのですが、途中から耐えられなくなっていつものテンションでいきました。
***
事情聴取開始から1時間半ほど経過。
「とにかく明るい被害者」と化した私は当時の状況を全て語り終えました。
「長時間有難うございました。お話の内容を元に被害届を作成しました」
「はい」
(『これは下ネタですけれど』で始めた会話でも全然笑わなかったな)」
「プリンタで印刷しますので、内容を確認頂いてよろしいでしょうか。不備や不一致があれば修正するので教えてください」
「承知しました」
(下ネタも被害届に書かれてしまった)
「長いので、十分ほどお時間取って頂いて大丈夫です」
「………いえ、はい、はい…………大丈夫です。内容に不備や不一致はありませんでした」
(下ネタは省略されていた……)
いらんこと喋ったせいで下ネタの有無に頭の大半が持っていかれましたが、被害届の内容はきちんと事実のみで構成されていました。
被害届の独特の文体(?)のせいか、こんなにヘラヘラな取り調べでも大変説得力のある内容になっています。これも一種のテクニックなのでしょうか。
印刷した被害届にサインと押印をします。これで作成は終了です。
はあ、やっと帰れる。正直もうクタクタです。
ですがまだ終わりではありませんでした。
「では次に人形を使って当時の状況を説明してもらいます」
「え」
「6階の仮眠部屋を予約しています。移動しましょう」
「はい?」
続きます